プライバシー権が日本で初めて定められた事件
日本で初めてプライバシー権が認められた事件が「宴のあと」事件です。 この事件は、小説「宴のあと」について、そのモデルとされた政治家が私生活を のぞき見したかのような描写によってプライバシーを侵害されたとして損害賠償と謝罪広告を求めて、 作者と出版社及び発行者を提訴した事件です。
裁判所は、次のように判断して、プライバシー権の侵害による損害賠償請求を認めました。 「いわゆるプライバシー権は、私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利として理解されるから、 その侵害に対しては侵害行為の差し止めや精神的苦痛に因る損害賠償請求権が認められるべき」として、 「プライバシーの侵害に対し法的な救済が与えられるためには、公開された内容が私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、 一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、 換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることがらであること、一般の人々に未だ知られていないことがらであることを必要とし、 このような公開によって当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことを必要とする」と判断しました。
この判決は、裁判所がプライバシー権をはじめて正面から認め、さらに、プライバシー権侵害が認められるための要件を示したものです。 この判決が示したプライバシー権侵害の要件は、その後のプライバシー権を巡る裁判例においても、多少の差異はありますが、 概ね踏襲されており、日本におけるプライバシー権の先駆的な判決となっています。
プライバシー権に基づく差止請求が
最高裁で初めて認められた事件
この事件は、小説「石に泳ぐ魚」について、そのモデルとされた作者の知人女性が公表を望まない個人情報を掲載した小説を発表することがプライバシー侵害にあたり、 また名誉毀損や名誉感情の侵害もあるとして、出版差止めおよび損害賠償と謝罪広告を求めて、作者と出版社および発行者等を提訴した事件です。
原審である東京高裁は、次のように判断して、プライバシー権の侵害による差止請求を認めました。
「人格的価値を侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、
又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。
そして、どのような場合に侵害行為の事前の差止めが認められるかは、侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ、
予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべきである。
そして、侵害行為が明らかに予想され、その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり、
かつ、その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは事前の差止めを肯認すべきである。」
この判断を受けて、最高裁は次のように判示して、東京高裁の判断を肯定しました。 「公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、 プライバシー、名誉感情が侵害されたものであって、本件小説の出版等により被上告人に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるというべきである。 したがって、人格権としての名誉権等に基づく被上告人の各請求を認容した判断に違法はなく、この判断が憲法21条1項に違反するものでない」
差止請求を認めるためには、原則として明文の規定が必要ですが、名誉権に基づく差止請求については、 北方ジャーナル事件(最高裁昭和61年6月11日判決民集40巻4号872頁)にて既に認められていました。 この判決は、法律の明文の規定がないにもかかわらず、プライバシー権に基づく差止請求についても、最高裁がはじめて認めたものです。
芸能人の氏名、肖像について経済的利益の
保護が日本で初めて認められた事件
日本で最初に芸能人の氏名や肖像の商業的な利用について法的な保護を認められた事例がこの「マーク・レスター事件」です。 この事件は、あるお菓子メーカーが、当時、世界的に人気を博していた子役俳優であったマーク・レスターの出演する映画「小さな目撃者」の ワンシーンを無断でテレビコマーシャルに使用し、同時に、「マーク・レスターも大好きです。」というナレーションを入れていたことについて、 マーク・レスターがこのお菓子メーカーを相手方として、損害賠償と謝罪広告を求めたというものです。
これに対し裁判所は、次のように、マーク・レスターの損害賠償請求を認めました。 「俳優等の氏名や肖像を商品等の宣伝に利用することにより、俳優等の社会的評価、名声、印象等が、その商品等の宣伝、 販売促進に望ましい効果を収め得る場合があるのであって、これを俳優等の側からみれば、俳優等は自らかち得た名声の故に、 自己の氏名や肖像を対価を得て第三者に専属的に利用させうる利益を有しているのである。ここでは、氏名や肖像が、…人格的利益とは異質の、 独立した経済的利益を有することになり(右利益は、当然に不法行為によって保護されるべき利益である。)、 俳優等はその氏名や肖像の権限なき使用によって精神的苦痛を被らない場合でも、右経済的利益の侵害を理由として法的救済を受けられる場合が多いといわなければならない」
この判決では、パブリシティ権という言葉こそ使われていませんが、この判決でいうところの俳優等の自己の氏名や肖像を「第三者に専属的に利用させうる経済的利益」は、 まさに今日のパブリシティ権の概念と同様と考えられています。この事件以降、芸能人の氏名や肖像の商業的な利用について法的な保護を認める判例が登場するようになりました。
芸能人の氏名・肖像無断で使用した商品の
製造販売について、差止請求と損害賠償が
認められた事件
この事件は、カレンダー販売業者が人気アイドルグループ「おニャン子クラブ」のメンバー5名の氏名や肖像を使用したカレンダーを無断で発売したことに対し、 この販売業者を相手方として、当該メンバーが損害賠償、カレンダーの販売の差止めおよび廃棄を求めたものです。
裁判所は、次のように、おニャン子クラブのメンバーらの損害賠償のほか、カレンダーの販売の差止めと廃棄を認めました。 「固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した芸能人の氏名・肖像を商品に付した場合には、当該商品の販売促進に効果をもたらすことがあることは、 公知のところである。そして、芸能人の氏名・肖像がもつかかる顧客吸引力は、当該芸能人の獲得した名声、社会的評価、知名度等から生ずる独立した経済的な利益ないし価格として把握することが可能であるから、 これが当該芸能人に固有のものとして帰属することは当然のことというべきであり、当該芸能人は、かかる顧客吸引力のもつ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利を有するものと認めるのが相当である。 したがって、右権利に基づきその侵害行為に対しては差止め及び侵害の防止を実効あらしめるために侵害物件の廃棄を求めることができるものと解するのが相当てある。」
この判決は、訴訟において初めて裁判所が顧客吸引力のもつ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する権利に基づく侵害行為の差止請求を肯定したものであり、 この事件以降、パブリシティ権侵害に基づく差止請求が裁判上も定着していくこととなり、今日のパブリシティ権を確立することとなる判決だといえます。
芸能人の肖像等を無断で掲載した雑誌について
損害賠償請求が認められた事件
この事件は、女性アーティスト合計16人の写真等が無断に掲載された雑誌「ブブカスペシャルvol.7」(本件雑誌)を出版・販売されたことに対し、 本件雑誌出版社、発行人、編集人または代表取締役を相手方として、当該アーティストが、損害賠償を求めたというものです。 なお、本件雑誌には、 上記女性アーティストらの芸能人となる前の姿の写真、路上通行中の姿の写真、制服姿で通学中の写真、実家や元実家の所在地、最寄り駅及び実家の外観等の写真が多数掲載されていました。 また、本件雑誌の表紙には、芸能人女性23名の写真があり、その中には原告のうちの4名の写真(うち1名は全身の写真)が掲載されていました。
第1審の東京地方裁判所は、芸能人であってもプライバシー権が法的に保護されることを前提として、 芸能人となる前の姿の写真、私服姿で路上通行中の姿の写真、制服姿で通学中の写真、実家・元実家の所在地、 最寄り駅及び実家の外観等の写真の本件雑誌への掲載及び販売につき、プライバシー権侵害を肯定しました。 また、パブリシティ権侵害については、その判断基準として、「パブリシティ権を侵害する不法行為を構成するか否かは、 他人の氏名、肖像等を使用する目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して、上記使用が当該芸能人等の顧客吸引力に着目し、 専らその利用を目的とするものであるといえるか否かによって、判断すべきである」とした上で、説明記事の文章が少ないか、 写真の大きさや使用態様を理由として、合計19点の写真の掲載について、パブリシティ権の侵害が認められています。
なお、この判決の中で、上記19点の写真がパブリシティ権を侵害する理由として、本件雑誌での写真の使用態様が、 通常報酬が支払われるべきグラビア写真と同程度に利用されているためとの説明がなされています。
第2審の東京高等裁判所は、第1審と同じくプライバシー権侵害を肯定し、パブリシティ権侵害については、 その判断基準として、「出版物であるとの一事をもって、表現の自由による保護が優先し、パブリシティ権の権利侵害が生じないと解するのは相当ではなく、 当該出版物の販売と表現の自由の保障の関係を顧慮しながら、当該著名な芸能人の名声、社会的評価、知名度等、そしてその肖像等が出版物の販売、促進のために用いられたか否か、 その肖像等の利用が無断の商業的利用に該当するかどうかを検討することによりパブリシティ権侵害の不法行為の成否を判断するのが相当である。」と判示した上で、第1審により侵害と認定された範囲よりも更に拡大した合計42点の写真について、 パブリシティ権の侵害が認められました。
この判決は、パブリシティ権侵害の判断基準として、「芸能人の名声、社会的評価、知名度等、そしてその肖像等が出版物の販売、促進のために用いられたか否か、 その肖像等の利用が無断の商業的利用に該当するかどうか」という基準を採用している点で重要な判決といえます。つまり、専ら顧客吸引力に着目した場合でなくても、 無断で商業的に利用しさえすればパブリシティ権侵害に該当するとされました。 また「表現の自由」についても、「表現の自由の名のもとに、当該芸能人に無断で商業的な利用目的でその芸能人の写真(肖像等)や記述を掲載した出版物を販売することは、 正当な表現活動の範囲を逸脱するものであってもはや許されない。」として、出版社側の主張は退けられています。
東京高等裁判所が出した判決は、出版社側により最高裁判所に上告されましたが、最高裁判所は、パブリシティ権を侵害するとの第2審の判断を肯定して、上告を棄却しました。 この決定は、最高裁判所として初めてパブリシティ権を認めたと評価できる画期的な判断といえます。
パブリシティ権が最高裁で認められた事件
この事件は、ピンク・レディーの振り付けを利用したダイエット法を紹介する記事において、ピンク・レディーの写真を使用したことについて、雑誌出版社を相手方として、 損害賠償を求めたというものです。3ページにわたる記事の中に14枚の白黒の写真が使用されていました。
最高裁判所は、「人の氏名、肖像等は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有すると解される。 そして、肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は、 肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる。」と述べ、パブリシティ権があることを認めました。 そして、パブリシティ権を侵害する行為として、①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、 ③肖像等を商品等の広告として使用するなど、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合であると判断しました。ただし、この事件では、パブリシティ権の侵害を否定しました。
これまで、地方裁判所、高等裁判所では、パブリシティ権が認められてきましたが、最高裁は、ブブカスペシャル事件でパブリシティ権を侵害するとの高裁の判断を肯定したことがあるだけで、 明確にパブリシティ権を認めたものはありませんでしたが、この判決で最高裁がパブリシティ権を初めて明確に認めました。また、これまで肖像等の商品化と広告利用がパブリシティ権侵害となることは確立していましたが、 出版物については、侵害の判断基準が明確ではありませんでした。最高裁は、肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する場合もパブリシティ権侵害となることを明確にしました。